店主 レポート     
 ”南海に眠る古陶磁ロマン” 店主レポート(小さな蕾の本)

    「珊瑚礁で発見された十五世紀の木造交易船」
              最新ジャンク船引き揚げレポート」

                                                 


 明時代の沈没船発見!海底に散乱した夥しい古陶磁や 
 積荷、白い竜骨の残った船体」という新聞の見出しには
 現代人が描く冒険とロマンが波間に見え隠れしているかの様である。

 二十六年前に韓国新安沖の海底で発見された元時代の交易船は
 1323年頃の沈没船と発表された。

 沈没船は朝鮮半島を経由し、日本寄港の後、
 東南アジア方面に向かう予定だったとのことである。 

 出帆は中国の慶元港(ニンポー)らしい。
 その積荷の中からは、28トン以上の中国銭や、
 積荷の60%を占める龍泉窯青磁、「東福寺公持」 と荷主名が墨書された木札や、
 日本刀の鐔、下駄などが発見された。

 乗船者の居住空間は船艙に満載された積荷の隙間、
 約半畳であったという考察もある。

 そんな中、船は無寄港で一ヶ月に及ぶ航海をしていたらしい。

 交易商人の船艙内での忍苦は 計り知れないものがあっただろう。

 ところで東南アジア諸島間に交叉した「海上の路」で発見された
 19世紀以前の沈没船の数は今までに二十隻以上に及ぶ。

 船籍も中国から西アジア、ヨーロッパと広範囲に渡っているが、
 そのなかでも東南アジアの諸島間で最も多い沈没船はジャンクと呼ばれる、

 明時代からアジアで活躍した船底の浅い中国籍の木造帆船であろう。

 およそ七千もの島々から成るフィリピン沿岸の海底で
 発見されたジャンクの海底遺跡の一つに南スルー海に面したパンダナン島遺跡がある。

 この遺跡は水深42メートルの珊瑚礁にあり、多数の大壷やガラスビーズ、 
 二門の大砲と共に発見された15世紀前半のジャンクである。

 また今年の五月には解禁令の施かれていた、
 明時代15世紀後半に沈没したジャンクの発見が有った。

 この海底遺跡は五月十四日頃、
 マニラの北西部サンバレス郡沿岸の水深約30メートルの傾斜した海底で
 漁民により発見され、マニラ首都圏の新聞の一面にニュースが
 掲載されたのは五月二十六日の朝刊である。

 新聞の写真 

 パンダナン島やサンバレス郡のジャンクは、
 共にフィリピン群島南西部のスルー海をパラワン島に沿って北上した船と思われる。

 交易船は中国南部から大陸に沿って南下し、マラッカ海峡を通過、
 ベンガル湾まで達してから帰途に就き、タイからインドネシア諸島の中継交易地を巡って
 五月から十一月に吹く南西の季節風に乗り、パラワン島南西部に着いたと思われる。

 ジャンク船が中国南部の河口港から出帆するには、
 十二月から四月までの北東の季節風に帆を張れば東南アジア諸島への航海には無理がない。

 無風状態のマラッカ海峡で頻発した海賊との交戦を除けば比較的安全なルートであった。

 八年前に発見されたパンダナンジャンクの積荷には中国銭は少なく、
 永楽通宝が目立つ程度だったが、80センチ前後の大壷や安南の小物、
 タイのサワンカローク窯の四耳壷、
 直径35センチを超す景徳鎮窯青花麒麟文盤等を混載していた。

 しかしフランス人ダイバー達を最も興奮させた引き揚げ品は、青紫のコバルトで
 見込みに鳳凰と麒麟を描いた直径30センチの元時代末の景徳鎮窯腰折形碗である。

 五月に発見されたサンバレスジャンクにもサワンカローク窯の四耳壷や、
 刻花で飾られた龍泉窯青磁盤、景徳鎮窯中型盤(直径19センチ)等が
 大量に発見されたがなかでも注目されるものに
 直径60センチを超える龍泉窯青磁盤がある。

 景徳鎮小皿

 興味深いことに韓国新安沖の元時代の交易船や、
 フィリピンの明時代交易船の積み荷には新古の中国銭や古陶磁があったが、
 サンバレスジャンクでは15世紀初頭の景鎮窯小壷や小物、
 14世紀前半の珍稀な鉄斑文青白磁の小物が目立っていた。

 その他にも日本の鎌倉時代13世紀半ば、
 鎌倉に安置された宋様式の大仏鋳造に用いられた銭貨と同様の新古の輸入銅銭は、
 前述のように新安沖からも大量に発見されている。

 ところで南海交易の対象となった特産品のひとつに天然真珠が有る。

 パンダナンジャンクがめざした漂海民の住むスルー海は、天然真珠の古来からの産地である。

 天然真珠は重要な交易品であり、中国では専売品のひとつだった。

 その他東南アジア諸島の特産品には海底では発見されにくいスパイスや香木、
 そして鼈甲、珊瑚、象牙などが有るがそれらは海商にとって最も重要な交易品であり、
 事実17世紀には香料諸島でスパイス戦争と呼ばれる戦いが
 オランダやイギリス等の国々によって繰広げられた。

 中国特産の絹布や陶磁器を、 南海諸島の特産品と交換したジャンクの、
 厳しくも華やかな航海の日々に思いを馳せると、
 南海で沈没した交易船の新たな発見が近々あるのではないかと思えてくる。

 なぜなら、紺碧の大海原に浮かぶ白い珊瑚礁や、
 満天の夜空に浮かぶ星座を頼りに航海した、
 35メートル足らずの木造船にはきっと我々の思いも掛けぬ困難の数々が
 待ち受けていただろうと思えるからである。

沈船引揚げ品

                                (海のシルクロード店主)
                 
           香料諸島‥‥インドネシアやジャワ島